保育

自分がしたい保育ってどんな保育なんだろう

効率よりも先に子どもの気持ちに共感する

以前のわたしは「みんなで協力するために」「クラスをまとめるためにはどうしたらよいか」「子どもが楽しく動くための工夫」ということを考えて保育をしていました。

共感コミュニケーションを学び、自分の気持ちも相手の気持ちも大切にしていこうとすると「みんなで」に無理があることに気づきました。

考えたら、みんなで一緒にやらなくていいこともたくさんある。

 

集団保育では、保育者の数が少ないと子どもの気持ちよりも効率を重視してしまうことがあります。

外遊びからの入室では、なるべく入室したい子から入って、遊びたい子は最後に入室という形にしていますがそれでも遊び足りない。

この時間に入室して、給食を食べて、午睡してほしいは保育者側の都合。

お腹がすく時間も、眠くなる時間も本当は違う。

集団より個が大切な時期に、ひとつの部屋に同年齢の子どもが十数人も一緒にいることが無理があるのかもしれません。

思い描く自分でない日もある

一人ひとりに寄り添いたいと思っていても、自分の思いを真っ直ぐに表現する子を前にイライラしてしまう日もあります。

イライラしている小さな自分に嫌気がさして落ち込んだ日は、帰り道に自分と向き合います。

「イライラの中にあったものはなんだろう」

課せられている仕事の量、責任感、体力的な疲れ。

以前なら「優しくふるまえないわたしはダメな保育士だ」と自分を否定していましたが「そっかぁ、大変だよね。そりゃあイライラするよ」と受けとめる。

自分を受けとめた上で、本当はどんな行動が取りたかったのかを考えています。

優しい世界を創りたい

自分と相手の特性や願いが違うだけで、正解も不正解もありません。

どんな子も、どんな自分もありのままでいい。

そんな保育を、世界を創りたい。

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